大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(う)3046号 判決 1973年3月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人吉井規矩雄および被告人本人がおのおの作成した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対し、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一被告人本人の論旨中違憲を主張する部分について。

所論は、原審が被告人が公訴事実を否認しているにもかかわらず、証人一名の取調もしないで短時間内に審理判決したことをとらえ、このような審判手続は、憲法三七条二項に違反するもので、破棄さるべきであるという。

よつて、原審記録を検討すると、原審第一回公判調書によれば、その公判期日において、被告人は、本件常習累犯窃盗被告事件に対する陳述として、「私は、品物を持つて、届けに行こうとしたのです。」と述べ、窃盗の犯意を否認したが、弁護人(国選)は、別に述べることはない旨陳述し、検察官から、本件公訴事実、被告人の前科および犯情等の立証として染谷光繁ほか一名作成の現行犯人逮捕手続書等一七通の書証の証拠調の請求が行なわれ、被告人がわから、これら書証全部につき、証拠とすることについての同意があり、ただちに裁判所の証拠調の決定とその施行があつたこと、裁判官から被告人に対し事案の実体等につき質問が行なわれ、被告人は、被告事件に対する前示陳述をふえんした供述をした後、検察官のいわゆる論告求刑が行なわれ、弁護人より、被告人の弁解を信じたいが、それを認め難いのは残念である。実害がなかつたのであるから寛大な処分を願う旨の弁論と、被告人の、窃盗の犯意を否定するための、逮捕当時の捜査官の処置を非難する趣旨の最終陳述があつて、結審となり、同期日において判決の宣告が行なわれたことが明白である。そして、原審記録によれば、その一二丁に記載された、検察官申請の書証を証拠とすることについての被告人がわの「同意」は、なんびとがその意思表示をしたのかは、記録上は明らかでないけれども、本件のようないわゆる必要弁護事件において弁護人が出頭し審理が行なわれ、かつ、前示のように被告人が終始窃盗の犯意を否認しておるのに対し、弁護人が被告事件に対する陳述以来審理の全過程を通じて公訴事実を争わない態度を明示している事案においては、被告人の窃盗の犯意の認定の資料となる重要な書証については、裁判所としては、弁護人が証拠とすることに同意する旨陳述しても、これがはたして被告人の意思に添うものであるかどうかについて、さらに慎重に確かめるのが相当であつて、弁護人の右の陳述だけで、ただちに被告人がかかる書証を証拠とすることに同意したものと見ることはできない。(最高裁判所昭和二七年一二月一九日第二小法廷判決―刑集六巻一一号一三二九ページ以下―は、弁護人だけが「証拠調請求に異議がない」旨述べた事案であつて、本件の場合とは異なるものであるから、この判決の趣旨をそのまま本件にあてはめることはできないが、その精神は、本件についても共通するものがあり、本件のような場合においても、上記のように解すべきものである。)ところで、原審記録によると、被告人は、右公判期日後、同期日の公判調書の記載の正確性について異議の申立をし、同公判期日において取り調べられた染谷光繁の司法警察員に対する供述調書および小森佐一郎の答申書の内容を真実に反するものとして争つているのである。(右両名は、被告人を窃盗の現行犯人として逮捕した鉄道公安職員である。)もとより、右申立は、公判調書の記載の正確性に関する異議の申立の体をなさないものであるが、かかる事実を含む原審記録に現われた事実とこれらの経緯に関する当裁判所の事実の取調の結果とを合わせて考察すると、原審公判調書に記載された前示の、検察官申請の書証を証拠とすることについての被告人がわの「同意」は、弁護人によつてなされたものであり、そのうち、被告人の窃盗の犯意を認定する資料となる重要な証拠であり、原判決も証拠として挙示している染谷光繁の司法警察員に対する供述調書、小森佐一郎の答申書および鉄道公安職員(右両名)の現行犯人逮捕手続書については、右「同意」は、弁護人と被告人との連絡が緊密でなかつたため、被告人の意思に反するものであつたことが認められるのである。したがつて、これらの書証については、右弁護人の同意の意思表示によつて、これを証拠とすることに被告人の同意があつたものとすることはできない。(最高裁判所昭和二六年二月二二日第一小法廷決定―刑集五巻三号四二一ページ以下―の要旨は、「弁護人が書面を証拠とすることに同意した際、被告人が在廷しながら何ら異議を述べなかつた場合には、被告人もこれに同意したものと認めるのを相当とする。」というものであるが、これは、通常の事案に関するものであり、前記昭和二七年の第二小法廷の判決の趣旨に照らしても、以上に詳述した本件のような事案には、あてはまらないものというべきである。)これらの書証は、刑事訴訟法三二一条ないし三二七条により公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることができるいずれの場合にも当たらないものであるから、これらの書面を証拠として取り調べことは、許されないものといわなければならない。しかも、これらの書面を除いては、被告人の原判示犯罪事実を認定することはできないのであるから、これらの書面を証拠として採用し、罪証に供した原判決には、憲法三七条二項の適合性について判断するまでもなく、刑事訴訟法三七八条四号前段所定の判決に理由を付さない違法があるのみならず、原審には、同法三七九条所定の判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるものといわなければならない。それゆえ、原判決は、破棄を免れない。

よつて、被告人本人および弁護人の事実誤認の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条、三七八条四号前段、三七九条により、原判決を破棄し、当審における事実の取調の結果をも総合して、同法四〇〇条但書に従い、つぎのとおり判決する。

(当裁判所が認めた罪となるべき事実)

被告人は、昭和三九年一二月一七日立川簡易裁判所において窃盗罪により懲役二年の、同四二年三月二三日東京地方裁判所において窃盗、有印私文書偽造、行使、詐欺罪により懲役二年六月の、昭和四七年一月三一日東京簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月の各刑にそれぞれ処せられ、いずれもこれらの刑の執行を受け終わつたものであるが、さらにその後常習として、昭和四七年八月一八日午後七時五九分ころ、東京都台東区上野七丁目一番一号日本国有鉄道上野駅第三ホーム跨線橋階段において、山口一男所有の下着等在中のショルダーバッグ一個ほか一点(時価合計約四、二〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為につき、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律三条、二条、刑法二三五条

累犯加重につき、刑法五九条、五六条一項、五七条(同法一四条前段の制限に従う)

原審における未決勾留日数の算入につき、刑法二一条

原審および当審における訴訟費用の負担の免除につき、刑事訴訟法一八一条一項但書

以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

(堀義次 平野太郎 和田啓一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例